P.T.A―Part Time Art ふつうの人が発信するアートカルチャーマガジン―

言いたいことも言えないこんな世の中に私はふざけんなと言いたい。

久々に怒っている!!!

話題のこのニュースだ。(朝日新聞ネット版より引用)

 愛知県美術館(名古屋市東区)で開催中の「これからの写真」展(同美術館、朝日新聞社主催)で展示されている写真家・鷹野隆大氏の写真が、「わいせつ物の陳列にあたる」として愛知県警が12日、同美術館に対処を求めた。同美術館では13日から作品を半透明の紙で覆うなどして展示することにした。

 問題とされたのは、男性の陰部などが写った作品12点。匿名の通報があり、県警生活安全部保安課が同美術館に「刑法に抵触するから外してください」と対処を求めた。同美術館と鷹野氏は協議し、撤去でなく、展示方法の変更で対応すると決めた。小品群11点は紙をかぶせ、1点の大型パネルは胸より下をシーツ状の紙で覆った。鷹野氏は「人と人が触れあう距離感の繊細さを表しており、暴力的な表現ではない。公権力による介入を隠すのではなく見える形にしたかった」と変更を了承した。

(以下略、引用終了)http://www.asahi.com/articles/ASG8D65H8G8DOIPE034.html?iref=comtop_rnavi_arank_nr04

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性器の表現を巡るタブーについてはつい最近も、自らの女性器をスキャンし、3Dプリンターで出力するためのデータをつくって配布したとして、ろくでなし子さんが逮捕、釈放された。鷹野さんも以前からこの問題を含む社会の価値観に意識的に表現されている方だが、「介入を可視化する」というアイデアはさすが。むしろ皮肉にも、作品を取り巻く社会状況まで思考させる展示になる模様である(私は未見)。

しかし性的表現に限らず、コンビニのフォアグラ弁当がクレームで販売停止になったり、クラブで踊れなくなったりと、日本がかつて面白かったかは知らないが少なくとも最近はまったく面白くない方向に行っている。近年の「気に入らなかったらクレームをつける」という自らの価値観を善良と思って疑わない”市民”の思い上がり、そして主催者は主催者で「なんかクレームが入ったら中止する」という、一見人に配慮するようでまったく信念のない思考停止した姿勢には本当に辟易する。

個人的にはヌード表現が見たいわけでも、フォアグラが好きなわけでもない。何でも好き勝手やればいいといっているわけではない。

ただ、問題なのは人を傷つけるわけでも、何かを害するわけでもないのに、自分と異なる価値観を認めない非寛容性や、こと芸術に関しては理解しようとする心やリスペクトが欠けているからだ。

思い出すのは、先日、女性芸術家がパリのオルセー美術館で行った自らの性器を開陳するゲリラパフォーマンス。クールベが描いた女性器の肖像「世界の起源」のリアリズムをまさに”体現”したものだった。私はネットで一部始終を見たが、スタッフは強制的にやめさせようとするわけでなく、お客さんに混乱もなく、最後は拍手に包まれて女性は表現を完遂した。

この日本との違いはなんだろうかと考える。それは表現の内容如何ではなく、まず芸術に対してリスペクトする意識があるかどうかだと思う。たとえばこの女性が単なる露出狂だったなら、歴史有る美術館からつまみ出されていただろう。でも意志や問題意識を持って、文字通り体を張って表現している人の声に、自分が賛同するかどうかは別にしてまず耳を傾ける。その姿勢が重要なのだと思う。それに耳をふさぐ行為は「美術はわからない」といってそれを見ないのと同じで、自分が理解できる、心地よいものだけを好んで選び、そうでないものを排除する姿勢である。ヘイトスピーチやいじめ、ネットの炎上など、私たちの現代社会はそんなものであふれている。公権力で自由な表現や行動を締め付けることがどんな結果につながるかは、たくさんの歴史がすでに証明している通りだ。

そして特に芸術で看過できないのは、クレームにより表現を変更していくことを行っていくうちに、それが当たり前のことになり、さらには表現自体を萎縮させることになるからだ。私たちは王族や貴族のプライベートルームにしかなかった美術品をつい最近やっと公の施設で見られるようになった。しかし、このままでは、自由な表現はまたプライベートな会員制か何かのハコでしか見られなくなってしまうのではないだろうか。

「美術館は公のものだからみんなが好きなものしか置けない」と主張するのも成り立つのかも知れないが、公のものであるなら、誰のどんな作品も受け入れる寛容さが必要ではないだろうか。

これは愛知だけに言っているのではないが、美術館は美術史における自らの役割の重要さを意識してほしいし、自分たちが展覧会に招聘した作家とその作品はリスペクトして自信を持って守り抜いてほしい。そもそもなぜその作品が必要か、問題と考えていないかを説明できないとおかしいのである。それができないような信念のない展覧会を見るためにわざわざ交通費や入場料、そして貴重な時間を費やして足を運んでいるのではない。

これは単なる想像だが、きっとクレームをつけた人は、権威あるルネサンスの「ダヴィデ像」などはなんとも思わないのだろうな。これに毛糸のパンツでも穿かせてみればどんなに間抜けな姿になるか、考えてみた方がよい。


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by parttimeart | 2014-08-13 18:55 | コラム

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