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「二分の一成人式」で保護者に子育ての話を聞くのは親のいない子がかわいそうという意見について。


これはなるほどと思った。
著者の方が、「やめろ」といっているわけではなく、再考を求めていることに同意しつつ、このような行事について考えてみたい。
たしかに私の頃にもそういう類のものは学校行事の中にあって、たしか修学旅行かなんかで親元を離れる時に生まれた時の話などが綴られた手紙を貰ったことがある。
幸せな家庭ばかりではないからやめろ、というのは至極まっとうな意見で、たしかにそういう子供への配慮がないと暴力的に傷つけることになってしまうと思う。
ただ、このようなことを学校行事で求められることで、普段家庭では表せない感謝や親の愛を知るという体験も非常に貴重であるとも実感する。

乱暴な例えだけど、これは徒競走で遅い子がいるからレースをやめましょう、というような考え方に近いのではないかと思う。傷つく子が出るなら原因自体を排除しようという意味において。

でも、いわゆる恵まれた家庭ではない子たちは、人生において「他人の幸せな家庭像」という壁にはいくらでもぶち当たるであろう。友達やドラマやマンガ、世間の普通の家庭はすべて幸せで当たり前なのだ。そのような現実からは、こんな学校行事をひとつ排したくらいで守れるものではない。

むしろ、このような場面において、記事で引用されているような、連れ子だから出生時のことを知らないという場合には「お母さんが生んだのではないけど、出会ってとても幸せだよ」というメッセージを伝えたり、両親がいない子にも、学校職員が「お父さんやお母さんがいなくても、先生があなたを大事に見守っているよ」と話してあげたりする機会になればいいと思う。
子どもたちには、あなたは望まれて生まれてきたのであって、とても大事な存在なんだよ、あなたがいてくれてうれしいよ、と伝えてくれる人が必要だ。そしてそれは、実親であるに越したことはないけれども、真摯な気持ちがあれば、必ずしも実の親でなくてもいいのではないかと思う。
それがむしろ、そのような現実の中で子どもたちが生きていく力になるのではないか。
10歳なら、そのように実子でないことを告白して親子で向き合う機会にしてもいいはずだ。
単純に行事を取りやめるのは簡単だが、やめることで失われるものもある。一人一人の子どもたちの境遇や気持ちに向き合うのは困難も伴う。一見子どもたちに配慮したかのようなごまかしではなく、本当に子どもたちが生き抜く力を得られるためにはどうサポートするべきかを学校には考えてほしい。



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by parttimeart | 2015-02-19 16:18 | コラム

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